事実無根の慰謝料請求

一般に不倫・浮気の慰謝料請求といわれるものは、不貞行為を理由とした損害賠償請求であり、これは、法律上の権利です。法律上の権利の発生には、一定の要件を満たす必要があります。ある不倫の慰謝料請求が事実無根であるということは、慰謝料請求権が発生するために必要とされる要件が満たされていないということです。

以下に、どのような場合が「事実無根」であるのか、また、「事実無根」の慰謝料請求に対する対応に関して記します。

事実無根とはどのような場合か

慰謝料請求が事実無根である場合として考えられることは、1.人違いである場合、2.慰謝料請求権が認められるための法律上の要件を欠いている場合、です。

【人違いである場合】

1.過失による人違い

配偶者に浮気の気配を感じたために、秘密裏に独自の調査をしたところ、特定の人物が浮かび上がり、その人物に慰謝料請求をしたが、実は、配偶者と浮気をしていた人物は他の人物であった、といった場合が考えられます。不倫・浮気の気配を感じると、どうしても冷静さを失いがちになります。また、早く問題を解決してしまいたいという焦燥感に襲われることもあるでしょう。そうした心理状態がこのような結果をもたらします。慰謝料の請求をする際には、このような人違いが起こらぬように、事実関係について一定の証拠による裏付けを行った後にする必要があります。

また、このような人違いによる慰謝料請求をされた場合は、一応、人違いである旨を相手方に伝え、理解を求める必要があります。全く無視していると、ある日突然裁判所から訴状が送られてくる事態にもなりかねません。人違いである以上、証拠による事実関係の裏付けは不可能なので、法的な責任を負うことはありませんが、事実上の争いごとに巻き込まれてしまい、多かれ少なかれ、日常生活に差し障りが生じる恐れがあるからです。

2.故意による人違い

これは、人違いを装って、ある特定の人物を陥れるためになされるものです。完全な嫌がらせであり、場合によっては、民事及び刑事責任の対象となるものです。全体として仕組まれたものなので、証拠を捏造する等の準備がなされる可能性が強いです。

過失による人違いとの区別は非常に難しいです。そのため、まずは、相手方に人違いであることを伝え、その後の動向をうかがう必要があります。なお執拗に請求が続くようであれば、ストーカー規制法にある「つきまとい行為」の一種として、警察に相談した方がよいです。

【不倫の慰謝料請求権が認められるための法律上の要件を欠いている場合】

慰謝料請求権が認められるためには、一定の法律上の要件を満たさねばなりません。しかし、この法律上の要件を満たすか否かの判断は、容易ではない場合も多いです。一般の方々の印象とは異なり、法律の解釈というものは、非常に曖昧さがつきまとうもので、「こうであれば白、ああであれば黒」とったように、明確に基準を提示できるものではないのです。

また、現実には慰謝料請求権が生じるだけの事実がある場合であっても、争いが裁判の場に持ち込まれた場合には、証拠による裏付けができない事実は存在しないものとして扱われてしまいます。したがって、当事者間で慰謝料支払義務があるか否かについて争われた場合、例えば、内容証明郵便による慰謝料請求に対する回答に「そのような事実は存在しないので、慰謝料を支払う義務はない。」といった趣旨のことが述べられていた場合には、証拠の世界に突入してしまうことになります。

実際上、慰謝料請求がなされる場合に、法律上の要件を欠いている場合は非常に少ないと思われますが、証拠による裏付けができている事実に限定して考えると、慰謝料請求のための要件を満たしていないケースも相当増えるようにも思われます。

以下では、不倫の慰謝料請求をするうえで、特に問題となる、「不貞行為の存在」「婚姻関係が破綻していないこと」「配偶者がいることを知っていたこと」に関連して述べます。

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「不貞行為の存在」について

不倫の慰謝料請求において、最も重要な要件は「不貞行為が存在すること」です。配偶者以外の異性との間における行為が「不貞行為」であれば、慰謝料請求が可能であり、「不貞行為」でなければ、「不貞行為」を理由とした慰謝料請求権は発生しないことになります。

では、「不貞行為」とはどのような行為を指すのでしょうか。この点に関して、よくある疑問として、「キスだけでも不貞行為となるのか」「一度だけの性交つまりSEXでも不貞行為となるのか」というものがあります。「キスだけの場合」「一度だけの性交の場合」は、事実無根の慰謝料請求となるのでしょうか。

裁判例では、不貞行為を「配偶者のある者が、自由な意思にもとづいて配偶者以外の異性と性的関係をもつこと」と定義しています。ただし、この定義は非常に曖昧であり、何をすれば不貞行為となるのかが、はっきりしません。「性的関係」とは何であるのかを、さらに考えてみなければなりません。

そもそも「不貞行為」とは、貞操義務に違反する行為です。貞操は「性交」に関する概念なので、「性交」を行えば、たとえ一度きりであっても、配偶者以外の異性と「性交」により「不貞行為」があったことになります。しかし「キス」は貞操という概念からはかなり離れるため、「不貞行為」とはなりません。ただし、「性交」は通常密室でなされるので、その存在を証明することは極めて困難です。そのため、「性交」に類似する行為、例えば手淫や口淫についても「性的関係」に含まれるとされます。

結論として、「不貞行為」とは「性交およびその類似行為」と考えておけばよいでしょう。このような行為が存在していない場合には慰謝料請求権は発生しないため、事実無根であるといえることになります。

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「婚姻関係の破綻していないこと」について

婚姻関係が破綻していた場合には、慰謝料請求権が発生しないため、事実無根であるといえます。なぜなら、不貞行為を理由とする慰謝料請求権が認められる理由が、不貞行為によって「婚姻家族生活の平穏」が害されるからであるところ、婚姻関係が破綻していれば、守られるべき「婚姻家族生活の平穏」が存在しないからです。

しかし、この婚姻関係の破綻した状態とは何であるかについては、非常に難しい判断が伴い一言でその状態を示すことはできません。別居を何年も継続していれば、婚姻関係が破綻している可能性が非常に強いといえますが、そうならない場合もあります。逆に、同居していても、婚姻関係が破綻しているとされる場合もあります。一つの指標としては「財布」「ベッド」「テーブル(食卓)」のいずれをも共にしていない場合は、婚姻関係が破綻していると考えられます。

もっとも、現実には婚姻関係が破綻していない場合であっても、婚姻関係が破綻しているものと信じていたために、不倫関係を開始し継続したということは非常に多いと思います。このように婚姻関係の破綻を信じていた場合もやはり慰謝料支払義務は免れます。しかし、ここで注意しなければならないことは、信じていたことについて「過失もない」ことが求められるということです。そして、この「過失もない」ことを証明することは極めて困難であるとされます。

不倫関係にある男女間で、既婚者側が婚姻関係の不調を訴えることはよくあることです。このような言葉を信じたことで、慰謝料支払義務を免れることができるとしたら、不倫交際相手に対する慰謝料請求権はほとんど成立しなくなってしまうでしょう。そのため「過失もなく」信じたことが求められるのです。

実際上、現実には婚姻関係が破綻していないにも拘らず、婚姻関係が破綻していたと過失なく信じたといえる場合は、ほとんどないといってよいでしょう。

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「配偶者がいることを知っていたこと」について

性交または性交類似行為を行った相手に配偶者がいないと思っていた場合には、慰謝料支払義務は生じないため、事実無根の慰謝料請求ということになります。不貞行為は配偶者がある者でなければなせない行為なので、相手方に配偶者がいると知っていて初めて、不貞行為に加担しているという認識が得られます。そのような認識を持たずに行った者に対しては、法律上の責任は課されないのです。

もっとも、相手方に配偶者がいることに関する認識を欠いていたとしても、認識を欠いたことについて「過失がある」場合は、法的な責任が課されます。すなわち慰謝料支払義務を負い、事実無根であるとはいえなくなります。

例えば、相手方が常に週末に会うことを避けていたり、自宅近辺に立ち寄ることをさせなかったといった事情は、過失があるものとされます。不倫交際関係が何カ月も継続している場合には、「過失がなかった」ということを立証することは、極めて困難となるでしょう。逆に、たまたま一度だけ一夜を共にしたような関係であれば、性交または性交類似行為を行った相手方に配偶者がいないと信じたことに過失がないことも十分ありうることになります。

個別事情によって異なりますが、一般論として、一定程度継続した不倫交際関係においては、「配偶者がいないと思っていた」としても、事実無根であるとは言えないと考えた方がよいです。

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事実無根の慰謝料請求をされる

不貞行為を理由とした慰謝料請求権が発生するための要件を充足しているか否かの判断には、微妙な判断が要求される場合もあります。したがって、請求する側としては、請求に理由があると考えて請求した場合であっても、実は、理由が無く、事実無根であるといえる場合も、十分にありうることになります。不倫交際の真実はその当事者にしか分からないことですし、また、「婚姻関係の破綻」「配偶者がいること」に関しては、それぞれ不倫交際相手の主観によって、慰謝料請求権の存否が左右されてしまう事柄なので、請求する側としては、とりあえず、請求してみるしかないという事情もあります。

したがって、請求された側としては事実無根と思える慰謝料請求をされたとしても、憤慨することなく冷静に対応すべきといえます。このような場合においては、まず、慰謝料請求権が発生していないと思われる根拠を正確に把握し、そのうえで、相手方に明確に伝える必要があります。

もっとも、自らの主張を裏付ける証拠までも明らかにする必要はありません。請求される側は、基本的に、相手方の主張に対して、受け身の対応をしていればよいのです。自ら積極的に、慰謝料支払義務がないことに関して証明しようとすると、逆に提示した証拠を利用されることにつながりますので、事実無根である理由を簡潔に述べるにとどめた方がよいでしょう。

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不相当に高額な慰謝料を請求された場合

慰謝料請求権が生じるだけの事実関係が存在していることについては、請求を受けた側としても認めるものの、あまりにも請求額が高すぎることは、非常によくあることです。慰謝料額にはおおよその適正金額というものがあります。適正金額は各事案に応じて決められるものなので、不相当に高額な慰謝料請求される場合も、広い意味では、事実無根であるといえます。

もっとも、適正であるか否かの判断は、個別事情によるため、非常に難しく、また、請求当初は多めの金額を請求することが通常なので、ある程度金額を上乗せすることについては仕方がないことです。示談をする意思がある場合は、簡潔な理由とともに、請求金額の不適正さについて指摘することになります。相手方にも示談の意思がある場合には、相応の妥協姿勢を示すでしょう。そうではなく、一切妥協する姿勢を示さない場合は、訴訟になることを覚悟しなければなりません。

なお、慰謝料請求が相手方の代理人弁護士によってなされている場合は、特に注意が必要です。弁護士は一般に訴訟を好む傾向があるので、法律に疎い一般人を相手に容易な妥協はしません。また、請求額も高額になる傾向があります。しかし、適正な金額というものは客観的に決められるものなので、相手方の主張が不当であると思われる場合は、堂々と否定しなければなりません。ただ、否定する根拠についてあまり多くを述べると、逆に相手方に有利な証拠として利用されることにつながりかねないので、単純に「イエス・ノー」を答え、示談する意思がある場合は、適正と思われる金額より大幅に低い金額を提示しておいた方が無難です。また、事情によっては、不貞行為の存在そのものについて、否定的あるいは曖昧にぼかすような回答をせざる得ないことも多いでしょう。弁護士は、一般人を相手にすると、示談の方向に向かおうとしない傾向がみうけられるので、特に注意が必要となります。

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詐欺的・恐喝的請求への対応

すでに離婚を決意した夫婦が通謀したうえ、夫婦の一方が第三者と性的関係をもち、その後他方の配偶者が慰謝料請求をしてくる場合等、いわゆる「美人局」といわれる金銭の請求がなされることがあります。このような場合は、当然、慰謝料請求権は発生しませんし、そのような行為は詐欺であり、犯罪行為にあたります。また、配偶者がある異性と親密になった結果食事をした、あるいはキスをしたという場合は、相手方の浮気に協力したことには違いないとしても、「不貞行為」はなされていないので、法的な慰謝料請求権は発生しません。それにも拘らず、執拗に金銭の請求をし、その後、手段もエスカレートして、「お金を支払わなければ、自宅や勤務先に行く」と一種の脅しをしたり、また、頻繁に電話をかけてくるといった恐喝的な方法により金銭の請求がなされる場合があります。

このような詐欺的・恐喝的請求に対しては、警察による対応を基本として考えた方がよいです。詐欺的・恐喝的請求と正当な請求を区別することが難しい場合もありますが、疑いを持った場合は、それからでも遅くはないので、相手方の行動を証拠として残すようにしてください。そして、その証拠は警察に保護を求める際にも、非常に重要なものとなるので、極力収集するように努めるべきといえます。

正当な請求であるのかについての判断に迷い、請求額も少額である場合には、現状から逃れるために金銭の支払請求に応じてしまうこともあるかもしれません。本来は、相手方の請求の正当性が確認できるまで、支払いに応じるべきではありませんが、その場の状況によっては、やむを得ず、金銭を支払う気になってしまうかもしれません。

ただし、そのような場合であっても、必ず「支払済みであることの確認及び関係の清算」を内容とした「念書」「覚書」等の書類を作成し、その書類へ相手方が署名・捺印することと引き換えに、金銭の支払いをなさなければなりません。そのような手続きを欠くと、相手方から再度金銭の支払請求がなされる可能性が高まります。また、後々、支払った金銭の返還請求をする際にも、支払済みであることの証拠を欠くことになってしまいます。銀行振込によれば、振込みの記録が残るので、それを証拠とすることも一応考えられますが、請求者が偽名を使い、口座名義人と請求者本人との同一性を確認できない場合もありますので、支払いに応じる場合は、「念書」「覚書」への署名・捺印、さらに言えば、実印による押印と印鑑証明書の添付を要求するべきといえます。

ただし、このような場合には、1.警察または専門家に相談すること、2.証拠を収集すること、3.支払いには応じないこと、が基本となります。

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事実無根かもしれない慰謝料請求をする

慰謝料請求をするに際しては、十分な時間をかけて事実関係を確認し、それぞれの事実について動かぬ証拠により裏付けをし、当該事案において適正と思われる金額を請求することが理想といえるかもしれません。このように十分な準備をしてから慰謝料請求をすれば、事実無根の請求によって、相手方を不快な思いをさせることや、あるいは徒に混乱させることを避けることができます。また、抗いようがない証拠を示すことで、相手方の無意味な抵抗によってもたらされる無駄な時間・費用をかけずに問題を解決することにつながります。

しかし、実際上、そのような理想的な状況はほとんどありません。何らかの不安要素はつきまとうものです。十分な証拠を集めようとすると、やはり探偵業者に依頼する必要性が高くなりますが、そのためには高額な費用がかかります。また、時間の経過とともに、日々の生活は蝕まれていく恐れがあります。そして、そもそも、慰謝料請求権が発生する要件そのものに不明確な部分がありますので、事実無根である恐れを完全に払しょくすることはできません。

そこで、事実無根であるかもしれない場合でも、慰謝料請求をするべきことになります。 ただし、人違いは避けなければなりませんし、また、裁判になった場合に備えて証拠の収集をしておく必要があります。そのため、一定程度の事実確認のための調査はするべきことになります。証拠の収集の程度としては、最低限、不貞行為があったことを推認させるだけの何らかの証拠は収集した方がよいでしょう。例えば、ホテルへ出入りする写真などや、不貞行為の存在を思わせるメールのやり取りが示された画面を撮影したものなどです。

しかし、このような証拠が得られない場合は、人違いではないことだけを配偶者の自白などから確認した後、慰謝料請求することもやむを得ないといえます。請求すること自体は、基本的に自由であるからです。しかし、この場合は、争いになると、証拠がない事実は存在しないものとして扱われるため、非常に不利な立場におかれることは、覚悟しなければなりません。後は相手方の良心に期待することになりますが、請求金額が比較的低く、相手方に支払い能力がある場合は、素直に支払いに応じる例も多々あります。

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「手切れ金」の請求について

いわゆる「手切れ金」の支払請求がなされることがあります。「手切れ金」とは、一般に男女関係の関係解消に際して支払われる清算金を指し、慰謝料とは異なるものです。婚姻・内縁・婚約が成立していない男女関係は、法的な意味での保護を受けませんので、このような関係に至らない一般の男女関係が関係解消に至っても、自己責任であり、法的な金銭支払い義務が生じないことが基本です。したがって、「手切れ金」の請求は事実無根の慰謝料請求といえます。

この「手切れ金」を請求すること自体には特に問題はありませんが、請求方法が不当である場合には、恐喝にあたる場合があるので気を付けねばなりません。そして、「手切れ金」請求の結果、相手方の任意によって支払われた金銭は有効に取得できますが、これは、損害賠償ではなく「贈与」として支払われたと考えるべき場合が多いといえます。ただし、交際中に、相手方から、社会通念上違法と評価される行為を受け、それにより精神的苦痛を被った場合については、損害賠償の問題として捉えられることもあります。この違法性判断については、明確な基準はなく、個別事情による判断が必要となります。

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